ヒビノビア開店までの軌跡。 vol.1  〜この場所に決めたのは…。

ヒビノビアの運営会社、
株式会社喜色満面堂の西尾圭司です。
よろしくお願い申し上げます。

 

このお店として初の投稿は、
このお店の物件をなぜ選んだか。

 

今後あまり話す事もないと思いますので、
最初にこのお話を…

 

実は9月くらいから
物件探しを始めました。
大阪市内も視野にはあったのですが、
昨年のdig閉店の理由に、
人の採用のしにくさがあり、
今回は幾分それも緩和される、
僕らの地元堺市内で探していました。

 

店舗のコンセプトは決まっていました。
ボトルショップ併設の、
クラフトビアキッチン。

 

ただ、この規格で堺で出店できる場所は
やっぱり悩ましい問題でした。
認知され始めたとはいえ、
まだまだこれからのクラフトビール。
大阪とはいえやはりローカルの堺で、
来ていただきやすくて、
複合業態がやれる広さの
最適物件に出会えなかったんです。
長期戦覚悟の日々が続きました。

 

11月も後半になったある日。
まだ物件化する前の情報が入りました。

 

場所を検索すると、
驚いたことにそこは、
僕も昔よく使っていた
40年ほどの歴史があった純喫茶跡地。

 

(改装前の店舗の状態はこんな感じでした。)

 

この堺東という街は、
昔から堺で唯一の繁華街でした。
大きな商店街、百貨店、
そして飲屋街もある下町の風情。

 

そこで30年ほど前の僕は、
よくこの喫茶店で待ち合わせをし、
この街で遊んだ記憶があった場所。

 

物件捜索中も何度となく、
この物件の前は歩いていたのに、
空き情報なんてと驚き、
即時内覧を申し込みました。

 

その時の写真が1枚目。
びっくりするほど昔のまま。
懐かしい記憶もありましたし、
30年ほど時間が経って、
まさかこの地にこんな形で来るなんて。

 

ちょっと自分勝手に運命を感じました。

 

広さもロケーションも、
まさにジャスト。
しかもこの運命のおまけも付いて。

 

悩む暇もなく賃貸交渉に入ったのは
言うまでもありません。

 

ここに出店が決まったあと、
店舗デザインに入ったのですが、
なんとなくこの運命を感じたこともあり、
本当はすべて取り壊して、
新しいものにしようと思ったのですが、
前店舗の歴史とか、
僕もここで残した思い出もあることで、
特徴的な「天井」だけを、
レガシーとして残すことにしました。

 

昔のヨーロッパのお城のような、
手の込んだアールのついた天井。
デザイナーさんには無理難題ですが、
そこをなんとかお願いして、
楽しいデザインが仕上がりました。

 

 

下の写真は先日の削りあと。
天井だけを残した店内です。
ここからあと1カ月、
ヒビノビアがどう生まれていくか、
少しずつレポートしていきますので、
よろしくお願いします。

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